小沢美智恵著『響け、わたしを呼ぶ声――勇気の人・干刈あがた』が『文芸思潮』『望星』の書評に掲載されました!
2011年1月25日発行「文芸思潮」39号の書評欄(以下、書評本文)
「自立を望む女性の苦悩」大高雅博
この干刈あがたについて書かれた評論は、文芸思潮に連載中から、大きな反響をよんでいた。この評論が上梓され一冊の本として世にでることはとても喜ばしい出来事である。文芸思潮も39号を数えることになったが、その中でもこの作品は傑出したもので、文芸思潮にとっても大きな収穫である。
特に、父との確執と父からの自立を論じた第一章は衝撃的ですらある。つまり、早くに亡くなってしまったが流行作家になりかけていた干刈あがたの小説の核の部分に父親からのドメスティック・バイオレンスがあるのではないかという指摘である。父親が「性格に問題がある人物として出て」いる自費出版作品を、父親は一年にわたり、執拗に抗議をし、残本を焼却することで解決をみたという。五百部しか刷られていない自費出版に対して、実の娘に対してなぜ、こういうことをしたのか分からない。小沢は小説を読み解いていき、父親との確執、家庭内暴力の可能性にたどりつく。もし、それが事実なら、干刈あがたに与えた影響は非常に大きく、小説に反映するのはごく普通のことに思える。この件に対する実証的な研究は、文芸評論ではなく、国文学の範疇であるだろう。
ただ、肉体的かは別として、父親と確執があったことは間違いなく、家を出る手段として、その一つとして結婚した。そして、十年以上暮らした後、その夫とも、小説を書くことと差し違える形で、離婚する。
干刈あがたは、父親からの自立、夫からの自立、そして、女性が自立して生き、子供を育てる時に起きる、自分の性、子供の問題を次々に小説化していく。
小説を書くのは生活のためであり、仕事であり、それから、子育て、食事の世話という母親の役をこなし、そして、それら全てが、間接的にしても自分をむしばみ、病気となってしまう。
それらを、この評論は明らかにし、干刈あがたの全体像を浮かび上がらせることに成功している。それと同時に、女性の自立、現在の女性のおかれた立場、状況も示唆する。これは、男性では描けず、女性として母親としての小沢美智恵が、干刈あがたの小説の中に、自らを含む現在の多くの女性が直面している問題を見いだして世に問うているともいえる。小沢にとっては、干刈あがたを題材に選んだ時点で、この評論は成功したといえる。
ウーマンリブ運動は、ケンブリッジか、オックスフォードかどこかを主席で卒業した女性が就職し、最初にあたえられた仕事がお茶くみだったということから、始まったというのを読んだことがある。恐らく、彼女らより能力のない男の新入社員にはそんなことはさせなかったはずだから、頭にきて当然だとは思う。
ある企業で十人採用するために、試験をおこなった。1番が女、2番と3番は男かもしれないが、4番から20番までは、女子がきて、それ以後男がぽつぽつ現れる。まともにテストをおこなうとそんなものだという。では、男が2名で女が8名採用になるかというと、そんなことはありえない。男が7名で、女が3名とか、そんな感じになるのである。現在会社でばりばり働いている女子の方はできるだけ、人事の方で出世されるほうがよい。そして、入社試験に関わった方がよい。恐らく、女性の方が、一般的に知能が高くできている。未来では、知的労働は女子が、肉体労働は男が、というような世界があり得るかも知れず、それが自然かもしれない。しかし、現在の日本では、男女差別があるのは間違いない事実であり、男性優位の社会はしばらくは続くだろう。第2、第3の干刈あがたは生まれるだろうし、別のやり方で、自立をめざしている方もいるだろう。
干刈あがたの小説はそういう自立をするために悩んでいる同性にむけてのメッセージだと、小沢は考える。それが題名の「わたしを呼ぶ声」となる。「勇気の人干刈あがた」の小説とともに、この評論も自立を望んでいる多くの同性の間で響くことを願っている。
2011年2月1日発行「望星」2月号の書評欄(以下、書評本文)
「よみがえる干刈あがた」
干刈あがたという小説家をご存じだろうか? 今はなき文芸誌『海燕』が生んだ作家で、小説家として活動していたのは、わずか十年である。四十九歳の若さでこの世を去るまで『ウホッホ探険隊』『黄色い髪』など、女性の自立や家族問題をテーマにした作品を数多く残した。
本書はデビュー前に干刈が本名で出版した『ふりむんコレクション 島唄』という「幻の本」を、彼女の文学的出発点とし、その人生を丹念に辿ってゆく。故郷の島への想いを綴った限定五百部の自費出版本だが、自分の描かれ方に激怒した実父に名誉毀損で訴えると脅され、大半が焼却処分の憂き目に遭った。
著者は、父親からのドメスティックバイオレンスの影響や多重人格・解離性同一性障害(DID)の徴候が干刈にあったと指摘する。
外面はいいが、家では粗暴な父親。そんな父から逃れるために家を出た少女は、裕福な男と出会い家庭を築く。だが、夫の浮気に苦しみ、結局、作家デビューして離婚の道を選ぶ。
作家になってからの彼女は軽妙な文体で、現代女性の抑圧された本音を語る。一方、『黄色い髪』など、我が子をモデルにした作品で、いじめや学校の問題をリアルに描いた。また、ウーマン・リブ活動にも身を投じ、従来のフェミニズムが男との競合を声高に訴えるものだったのに対し、彼女は、子を持つ女の立場からメディアに出て、小さな声で呟くようにして、男との共存を唱えた。そして、胃癌による死期と、余命との闘い……。
「勇気の人」と呼ぶには、あまりに内気で繊細な人柄である。だが、だからこそ、女や子どもといった社会的弱者の代弁者になり得た。干刈あがた。我々はこの作家の名を、時がたっても忘れてはならない。(評・都築隆広)